関 淑愛(せきよしえ)/ 幸せ導きゼネラリスト
出身地 茨城県出身、茨城県在住
家族構成 娘(サロンアシスタントでありビジネスパートナー)と
息子(大学生)の2人のシングルマザー
好きな物 チョコレート ケーキ 珈琲 お肉
趣味 ゴルフ 旅行 グルメ
モットー 私の人生わたしのもの自分が主役
エレガントアバンダンス(エレガントに豊かに生きる)
今までの歩み
母が私を妊娠中に手術を行うが、この時の主治医に命を守られこの世に誕生する。
両親共働き家庭の長女でもあり生後10か月で保育園デビュー。
身体が弱いこともありお人形遊びが好きなインドア派。幼いころから大人に囲まれて育つ。
人の心に敏感だったため、子供として子供らしく生きることに難しさを感じながら子供時代を過ごす。
「自分をわかってくれる人はいない」「理解されない」を経験しいつしか自分の人生ではないところで生きるようになっていた。
高校卒業後は大人たちに勧められるまま地元銀行へ就職。早朝から終電まで銀行に箱詰め状態での仕事を繰り返す日々に気づけば笑顔が消えていた。お金ではなく人と向き合う仕事がしたいと退職。
在職中に医療事務資格を取得し歯科医院の開業スタッフとして働く。患者さんに寄り添いながらの仕事に充実感を覚えたが、叔父が経営する会社の事務を取りまとめていた叔母が急病に倒れたことで叔父の経営する会社を手伝うことになり退職。
建設業界にて事務、営業、経営に携わる。
結婚を機に念願だった専業主婦へ。
1女1男に恵まれるも、夫からのDV・家庭不和に悩み続ける日々の中で「この子たちを幸せにするには」「この子たちにとっての幸せとは」を模索し「生きる力」を養うことこそが真の教育であり受け継ぐべき財産だと気づき、心と向き合うための学びを始める。
そこから「真の幸せとは何か」を問い続け「私の人生こんなんで終わらせたくない」と約10年の結婚生活にピリオドをうつ。
シングルマザーとなり「家庭優先」で働きたいとの思いで保険営業の仕事につき初年度成績新人トップを獲得。
営業の仕事をするなかで多くのお客様から「あなたと話すと元気になる」「あなたに相談してよかった」等の声を多くいただくようになり、もっとしっかりと相談対応したいと、本気で心を学ぶ覚悟を決め大学へ入学し社会人学生となり、シングルマザー・営業マン・大学生の三刀流が始まる。
その直後に東日本大震災の被災を受け心身疲弊し、ドクターストップがかかり半年間の休職。
復帰するも仕事への情熱が戻らず退職。
大学での学びを活かし非常勤国家公務員として労使間トラブルの相談員として数々の行政相談、徴収を行う。
しかし、行政相談には限りがあり目の前の相談者は本当に救われているのか?解決とはなにか?を自問自答する日々。
その中で更に学びたい欲は増していき、興味のわくものを学び続ける。
学びを深める中で「これでいいのか?」が「これじゃだめだ」へと変化し限界へ達したのを機にClef.de.couer として独立。
自身の経験から、「幸せになるのに時間もお金も無駄にしてほしくない」との想いから、現在も貪欲に学び続けながら幸せになる方法をひとりでも多くの方へ届けたいと活動中。
今につながるバネ
自分の思いを言うことは「わがまま」と刷り込まれてきたことで自分の思いを言うことはいけないことと思い込むようになり、自分の本当の思いを伝えることをあきらめるようになったことで本当の自分を殺して生きてきた。
このことに気づいて時から人生は大きく変わり始め本当の自分を取り戻すことが出来た。
人生はいつでも軌道修正できることを自ら体験し、これを多くの人に伝えることこそが私の経験の意味あることだと気づいた。
届けたいこと
人生諦めていたようで諦められずもがいていた私がたどり着いた「幸せになる方法」を沢山の人に届けたい。
幸せの形は人それぞれ、自分のしあわせとはなにか?そこに気づいて軌道修正することで人生は大きく変わる。
自分が主役の人生をもっと幸せに強欲にホントの自分で生きてこそ人生は満たされる。
感覚だけ、理論だけ、じゃない、地に足をつけたスピリチュアル技術のセッションで幸せ溢れる輝く人生へと軌道修正する人を多数輩出中。
資格など
日本心理士学会認定心理士/米国催眠療法協会(ABH)認定ヒプノセラピスト/JMFA心理フラワーカウンセラーマスター/個性数秘学インストラクター/離婚カウンセラー/6次元リーディングディプロマ/ディープマインヘッドスパディプロマ/AEAJアロマテラピー1級/他
MOMONE(ももね)/ 幸せ導きアドバイザー
出身地 千葉県在住
家族構成 母と弟
好きな物 食べること
趣味 推し活 ゴルフ 旅行 グルメ
モットー どうせ上手くいく
今までの歩み
20歳で工業専門学校卒業後、食品企業へ就職。
食べることが好きなのもあり選んだ職場だったが、本音は「社会人は働かなきゃいけない、これが自立」と思ってとりあえず社会人になった。
1年目、日々変わらないルーティン作業が嫌すぎて会社へ行くモチベーションが下がる日々。
とうとう体調も崩してしまい、退職を考えたが、2年目から営業職へ移動の話を頂きひとまずやってみることに。
2年目から環境も変わり安心していたのに、なんだか心が満たされない日々のままだった。
「生活するために仕方ない」そんな時間をこの先の過ごし続けたくない、じゃあ何をしたいんだろうか?と自分の心と向き合うことを決断。
そこで母のもとで「幸せに生きるための学び」を体感してみて、衝撃を受けた。
学校では教えてくれない、「私が幸せに生きる方法」。
若いうちに知ることが出来たら、その先より多くの幸せな人生を生きられるんだ!と自分自身も体感し、これをもっと広げたいと思うようになった。
安定した職場から離れることの不安も克服し、4年目に退職。
Clef.de.couer の一員として学びながらアドバイザーとして活動中。
今につながるバネ
私が何をしたら幸せになるのか?
ここが即答できなかった。
・上手にクラスをまとめるリーダーをやったら、先生は喜ぶかな
・当たり前に就職して自立したら、家族は安心するかな
昔から、自分がどうしたいかよりも相手の軸を考えてしまう癖があった。
当時はそこへの違和感も何もないが、今になって、私の心が満たされない=幸せじゃないってことは、本当の自分を大切にできていないんだと気づいた。
もちろん今までの私の幸せだった。
けれどもっと自分の想いのまま生きてみたら、どうなるんだろう?
このワクワクが今の私へ繋がっている。
届けたいこと
「幸せになる」ってどういうことかを知る・学ぶことで、これからの人生がもっと楽しくなることを届けたい。